行動分析学的ダイエットの“コツ” 3(2009.06.19)
まずは今週のマイダイエット報告から。
Kzokuのグラフを見ていただくとわかるように、今週も順調に体重が減りました。一カ所グラフがジャンプしているところは、日曜日に開催された学会の懇親会で学生にそそのかされ、柿の種をたらふく食べてしまい、その後、テニスを3時間する予定が雨で1時間しかできなかったのに、さらに調子にのってファミレスで2,600円ぶんも食事をしてしまったためのリバウンドです(フ〜)。でも、その後は順調。1週間に1度の暴走なら、どうやらすぐに元に戻るようです。
今のところ、やっていることは、毎日の体重と体脂肪率の測定と「やること」の記録だけです。カロリーを計算したり、絶食したり、食事制限したり、サプリを飲んだりはしていません。
もちろん、自分のダイエットをこうやってプロジェクト化し、ブログで公開し、大学の授業でも学生に紹介していますから、自分ひとりで取り組んでいる状況とはずいぶん違います(法政大学の「行動分析学」という授業では受講生全員がそれぞれセルフマネジメントのプロジェクトに挑んでいます。学生さんにやらせるだけでは説得力がないので、私も何かしらのプロジェクトに一緒に取り組むようにしているんです)。
自分ひとりで記録しているだけなら「やること」ができなくても、体重が減ったり増えたりしても、それを知ることができるのは自分だけです。でも、こうやって、自分の行動の記録をネット上の不特定多数、そして授業を受講している特定40人くらいの学生たちに公開すると、「やること」ができなかったり、体重が減らなかったときにも隠しようがありません。うまくいかないと“恥ずかしい”と思うような状況を作り出しているわけです。うまくいったときに“どうだ、すごいだろ!”と人からの賞賛を呼び寄せる仕組みであるとも言えますが、個人的には恥ずかしさの回避の方が大きいような気がします。
自分で自分の行動記録をみることがどのくらい自分の行動に影響するか、行動記録を他の人に公開することがどのくらい自分の行動に影響するかには大きな個人差があります。自分で「やろう」と思い立ったことができないときにどのくらい“残念”に思うか(そんな状況を避けようとしてやるべきことをやれるか)、できたことを他の人から承認してもらえることがどれだけ“嬉しく”感じるか(そのために頑張れるか)は、生まれてこのかたどのような発達・学習をしてきたかによって、それからもしかしたらある程度は遺伝的にも、決まってきます。
大事なのは、こうした個人差は「できないときにはもっと恥ずかしく思わなくては」と“反省”することで変わるものでないということです。“気持ちの持ちよう”で変わることでもありません。だから、逆に言えば、できないからといって自分を責める必要はありません。いくら責めても変わらないからです。
目標が達成できなかったり問題が解決できないときに、それを人の能力や性格のせいにして他に解決のためのアクションをとらなくなってしまうことを《個人攻撃の罠》と呼んでいます。ダイエットがうまくいかないと「自分はだめなんだ」と“自己嫌悪”に陥ってあきらめたり、逆に過食してしまう人もいます。これも個人攻撃の罠の一つです。
罠にはまったら(普通の人なら必ずハマります)、まず罠にはまったことを認識すること、そしてハマりながらも、同時に、能力や性格以外の要因を見つけていくことができれば、罠から抜け出すチャンスが見えてきます。
行動分析学では行動の原因を (1) 遺伝、(2) これまでの発達や学習、(3) 現在の状況の3つの要因に分けて分析します。「能力」や「性格」と言われる特性は最初の2つによって形成されます。ここには気持ちの持ちようや少々の工夫で変わる余地はほとんどありません。何しろ遺伝は何十・何百世代前からの学習、過去の発達や学習も年齢ぶんの(45歳の私なら45年ぶんの)“実績”がありますから、そうそう簡単に覆せるものではないのです。「三つ子の魂百まで」という格言も、少し大げさだけど、部分的には真実なんです。
ダイエットの記録を公開することによる“恥ずかしさ”や“誇らしさ”の強弱はまさにこうした不可侵領域にある特性の一つです。だから、“恥ずかしさ”が弱いことに自己嫌悪しても仕方ありません。できることは、自分で自分の特性に気づくことと、その特性をできるだけ活用することです。
行動分析学的ダイエットの“コツ”第一弾では「記録から自分の傾向を知りましょう」と書きました。自分の行動を記録しながら、さまざまな工夫をして、成功と失敗を繰り返すことで、自分の行動を継続するために有効な要因とそうでもない要因が見えてきます。たとえば、Kzokuで記録をつけるだけでは不十分でも、Kzokuのダイエット日記にコメントを書込んでもらうように友達にサポートを頼んだらうまくいくのなら、あなたは不特性多数の人より、特定の友達にどのように思われるかの方が有効な要因だと言えます。友達の目があってもうまくいかないけど、自分で自分にご褒美を用意することで(たとえば、目標体重に達したら新しいiMacを買うことにするなど)、うまくいくなら、あなたには人の目よりも欲しいモノの方が有効ということになります。何が有効なのかは人それぞれ違います。私の場合は(どうやら自分で思っているよりも)人の目を気にするようです。
自分の特性がわかってくると、どうすれば自分の行動を継続できるかも見えてきます。「三つ子の魂百まで」が部分的にしか真実ではないのは、自分の特性を知り、行動の法則にそれをあてはめて、上記の最後の砦である「(3) 現在の状況」を工夫すれば、《行動は変わる》からです。
行動分析学的ダイエットの“コツ”、第三弾はこれ。
行動分析学的ダイエットの楽しさの一つには、ダイエットをしながら、自分でも気づかなかった自分に出会っていくことかもしれませんね。
そうそう。今週はKzokuからこんなメッセージが。
こういうサプライズで継続を強化する試みも仕組んであるんです。